[2114]あの日からまる一年ボヤキのようなものです。 / るるかん><

≪厳しいアドバイスはご遠慮ください≫≪女性≫≪40代≫
吐き出すところがほかにありませんでしたので、こちらに書き込むことをお許しください。
おそらく長文になります。
去年の今日12月25日。私は検査で通っていた診察室で担当医の先生から
先生「悪性の所見がありますね」
私「それって癌てことですか?」
先生「まぁ。そうゆうことですね、ただお腹開けてみないとわからないので手術日は
 2か月後の〇日に予約入れておきましたから」
私はよく判断できなくてぼーっと聞いていました。
よくあるドラマとかの告知されて、わぁああとか大泣きするとかそんなん全然なくて
あぁ・・そうなんだくらいな感じでした。
私が患った部位は卵巣でした卵巣にできる85%は良性の腫瘍です。
運の悪かった15%が悪性となります。
私はその15%の疑いが濃厚になりました。
その時私にはお付き合いしている10歳ほど若い彼がいました。
私は年齢もあり子供は・・・おそらく無理だなぁ〜と思ってました(その時42です)
彼はとても優しく、面白くて申し分ない人です。
でも子供が大好きな人でした、彼の周りは出産ラッシュ・・・そんな中もしかしたらこの年齢でも妊娠できるかな・・・望みは低いけどワンチャンスくらいはあるかもと思い、基礎体温などを測り始めたのですが、いまいち安定しない為
婦人科に試しに行ってみることにしました、そこで卵巣の腫れを指摘され
大きな病院に紹介状が書かれ、いくつもの検査を受け悪性の疑いで手術になりました。
彼には告知を受けたその日に正直に全部つたえ、卵巣も子宮も摘出になるから、子供はもう完全に無理だからって。
彼は戸惑ってたけど私を勇気づけてくれたのを覚えています。
その後手術が行われて、
良性(可能性は低いけどもしかしたらアリ:卵巣1個のみ摘出 
 境界悪性(癌になる手前、卵巣2個、子宮、リンパ 大網摘出でも抗がん剤は無し、私はここと診察が下りていました)
癌(卵巣2個、子宮、リンパ、大網 よほど初期ではない場合以外抗がん剤)
この3つの可能性があり、私は癌になる一歩手前、ワンチャンス良性かな・・と
のんきに構えていて・・まぁ癌なんて信じたくなかったんでしょう。
良性なら手術時間は3時間くらい、境界悪性でもそんくらい。
癌なら7時間くらいと言われていました。
のんきな私は「11時から手術だから午後2時か3時にはもどってこれるなー」
なんて考えてました。
手術室まで手術着に着替えて歩いていきました、点滴で薬がはいって
麻酔科の先生が来て。お薬入れますね〜で一気記憶がなくなり
看護婦さんのものずごい名前の連呼と揺さぶりに起こされました。
終わりましたよーー!とすごい速さでストレッチャーで運ばれてる時に
病院の窓がみえたんです、真っ暗でした。
唯一付き添いの義姉にどうだった?ときくと苦い顔をして「一番悪いやつだった」
と言われました。
お腹も中も外も切ってあるのでものすごく痛くて痛くて一睡もできない夜だったの覚えています。
癌とゆう診断もショックだったのか次の日にひきつけと過呼吸を起こして
先生は看護婦さんに囲まれとても怖かったのを覚えています。
その後ナースステーションのすぐ隣にある個室に移されてやっと落ち着きました。
手術から5日後に正式な癌のステージなどの結果がきます。
ステージは1−c初期ですが抗がん剤適用ステージでした。
抗がん剤の始まる一か月の間は、胸までの髪をベリーショートにしたり、歯医者に行けなくなるから行ったり、ウイッグを作ったりいろいろ準備に追われてました。
実際抗がん剤がはじまると、その副作用の酷さに日々苦しみました。
20日後には髪が抜け始め10日くらいでまったく髪の毛はなくなりました。
女性としてはこれが一番つらかったです、そのごまつ毛や眉毛、体毛もすべて無くなりました。
なんとか6回の抗がん剤治療に向けてがんばっていたのですが4回目で倒れてしまい。肝機能が一気に下がって高熱が続き緊急入院になりました。
発作で倒れたためストレスの可能性があり、抗がん剤は4回でストップしました。
倒れたときに背骨を圧迫骨折してしまい、今も腰痛には悩まされています。
今は経過観察になり、少しずつ抗がん剤の副作用も消えつつあります。
お付き合いしていた彼には私から連絡を絶ちました。
もし彼がそれでもいいって言ってくれたとしても、私は申し訳なくてお付き合いはできない、彼がもし友達の子供と楽しく遊んでる姿など見たら、心苦しくて多分
日々落ち込んでしまいそうで・・・・。
卵巣癌はサイレントキラーと言われていて自覚症状が殆どなく発見されたときは
もう末期とゆう場合も多々あります。
私がたまたま早いうちに発見されたのはお付き合いしていた彼のおかげです
いまでもものすごい感謝しています。おそらく彼に子供のことを言われなければ
仕事にかまけて検査なんか行かないでいまごろ、手が付けられない状態になっていたかもしれません。命の恩人と思っています。
今思うのは彼が、健康な女の子と結婚して子供をもうけてよいパパになってどこかで幸せに暮らしていてほしいとゆうことです。
今年一年でたくさんのものを失いました。
結構頻繁に手入れしていたロングの髪。
女性ホルモン、卵巣と子宮。
足の付け根にあるリンパ腺(これがないのが結構やっかい)

手術の前までの元気な(癌だけどw)動きやすい副作用のない体
車の免許

100万円くらいかかった医療費。
ほんとうにいろんなものを失いましたが、今は治療がおわり5か月くらいたち
髪の毛もくるくるのくせがありますがそこそこ伸びてきました。
今年は本当に苦しい年でしたが来年はなにか1つでもいいことが起きるように祈っています。
ちなみに癌になると腫瘍マーカーとゆうのを血液検査で測ります。
私の場合はCA125とゆうもの(こちらが婦人科系メインのマーカー)
あとCA19-9とゆう消化器系と卵巣などのマーカーとふたつ追いかけます。
低いほうがもちろんいいんですが、CA19-9とゆうマーカーが右肩上がりに
上がってきています。
先生はおそらく大丈夫だと思うとは言っていますが来年一月に前倒しでCT検査になりました。
今はなにも無いように祈る日々です。
長々と書いてしまいました、ここまで読んでくれた方がいましたら本当にありがとうございます。
吐き出す場所がないけど、ちょうど一年たちどうしても誰かに聞いてほしくて
書いてしまいました。
皆様も健康には気を付けて、私からこんなこんなこと言うのもなんですけど
癌検診はきちんと受けてください。来年が皆様にとっていい年になりますように。
ありがとうございました。


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